眼鏡とベストとギンガムチェック(22)-水の章Ⅴ【終】
第22章
鏡の前でもう5分迷っている。
白にするか青にするか。
先にスカートを決めてしまったのが間違いかな。
いや、でももう時間もないし…
よし、決めた。
バタバタと時間ギリギリで支度を終えた。
普段ならこんなに悩まないけど今日は凌ちゃんが来る日だから。
凌が現れた衝撃的なあの日の翌日、奏太はおやつが欲しくて足元をぐるぐる回っている犬みたいに美波の後を着いて歩いていた。
早く詳細を聞きたくて仕方がないらしい。
やっとランチタイムになり、大まかに話すと驚きと嬉しさを隠せない様子で凌に会いたいと言った。
「来週来社するから帰りにご飯行く?」
「行く!でも凌さんは俺が行ってもいいのかな?」
「ダメな訳ないじゃない。凜の件は奏太のお陰でもあるんだし。言っておくね」
「なんか緊張するな。それにしても吉田さん!見る目変わったな」
と奏太は笑った。
そして、終業間際に宮崎から戻ってきた吉田に声をかけた。
簡単に済ませていい話だとは思えなかったので、勇気を出して時間を作って貰えないか聞くつもりだった。
「お疲れ様です。昨日稲嶺さんから全部聞きました。お話もあります、お礼もしたいのでお時間頂けませんか?」
「お礼?何の事だよ、疲れてるから簡単に今言ってくれ」
「あ、はい。先日の沖縄で凜の事は思い出せました。いろいろ気を使って頂いてありがとうございました。御心配おかけしました。それであの……」
吉田は美波の言葉を遮って一言「良かったな」と言って珍しく小さく笑顔を見せた。
「友達は大切にな、お疲れ」
そう言って後ろ手にひらひらと手を振り帰って行った。
仕事の振りをして近くで見ていた奏太は親指を立てにこっと笑った。
17時過ぎ、遅くなってごめん!と凌が駆け込んで来た。受付デスクに案内し、早速スケジュール立てに入った。
「このプランで行こうと思うけど、もしかしたら少し変更するかも知れないんだ」
凌が選んだのはボルネオでダイビングをして、その後バリ島へ入る1週間のスケジュールだった。
「はい。何が問題が御座いましたか?他のプランもご用意いたしますか?」
「それがちょっと今すぐわからなくて。まだ日にちはあるから後日また相談に乗ってくれるかな?」
「承知しました。またいつでもどうぞ」
仕事の都合かな、と大して気にも止めなかった。
「じゃ下のカフェで待ってるね」
そう言って凌は吉田に挨拶をして社を後にした。
凌の背中を見送りながらふと思った。この位の確認なら電話でもメールをでも済んだのにと。でもご飯行くから来たのかな?いや、ここに来るからついでにご飯?と考えていたのできっと顔が七変化になっていたのだろう、それを奏太に見られて慌てて愛想笑いを返した。それから美波も奏太もさっさと仕事を片付けて凌の元へ向かった。
「凌ちゃんお待たせ、こちら噂の奏太くん」
「初めまして。美波にはいつもお世話になってます!美波の2番目の親友奏太です!」
「初めまして。稲嶺です、お世話になってるのは美波の方でしょ」と凌は笑った。
挨拶を済ませると3人はあのビストロへ向かった。ディナータイムで賑わい始めた店内に入ると、手の綺麗な背の高い彼が出迎え案内してくれた。フランスのビールをオーダーして待つ間にメニューを見た。本当にここの料理は美味しい。凌はテキパキといくつか選んでこれでいいかな?とオーダーを済ませて口を開いた。
「奏太くん、色々とありがとう。奏太くんのお陰で美波は凜の事を思い出せた。沖縄での事、それ以外も感謝してるよ」
「そんな大袈裟ですよ。悩んでた美波を助けたいと思っただけですから。それにあの時はただ横にいただけです。がんばったのは美波ですから」
「美波はいい友達を持ったね」
「そうだね、あたし友達には恵まれてる」
凌と奏太は気が合うらしく楽しそうに色んな話をしていた。美波も嬉しかった。
美味しい料理を食べ、お酒を飲み、おしゃべりをし、なんとも心地の良い時間が流れていた。すると凌が少し改まって美波に話しかけた。
「美波、俺と一緒に沖縄に行かない?」
「え?どしたの突然!」
「いや、だからその…」
言いにくそうに凌が口ごもったと同時に奏太が言った。
「美波!行ってこいよ!仕事なら俺がフォローするからさ」
何かを察したように奏太はそう言い、凌に美波をよろしくお願いしますと言った。
「ちょっと、何勝手に話進めてるの!」
美波はよく理解できないまま凌に向き直った。
「こう言う話は2人の時にしたほうがいいんだろうけど、奏太くんにも聞いてほしかったし認めてもらわないとダメな気がしたから。美波、俺子供の頃からずっと美波が好きなんだよね。あの頃はそういうの恥ずかしかったし凜のアキニとして接してた。まだ子供だったし淡い思い出って言うのかな、その位だと思ってたんだ。今までそれなりに恋愛もしてきたけど、やっぱり美波がいいんだ。だから…」
「ちょっと待って、あの、それって…」
「そうだよ、俺じゃだめかな?」
奏太はにやにやしながら聞いていたが、二人がもどかしくなり又割って入る。
おせっかいな奴だ。
「美波はどうなんだよ、小さい頃は憧れのおにーちゃんだったんだろ?」
「そうだけど…」
「今は好きじゃなくてもいいよ、一緒にいて駄目なら諦める。いきなり旅行なんて言って悪かった。時間かかってもいいから」
なんて事だろう。
内心は驚きと嬉しさで飛び上がりそうだった。
「凌ちゃんありがとう。あの、なんか恥ずかしいけど、よろしくお願いします」
奏太が大声でやったー!と叫び店内の視線が集まった。
気まずそうに頭を下げながらスタッフを呼び、シャンパンを頼んだ。
「乾杯しようよ!俺のおごり!」
奏太が一番嬉しそうだなと思い、自然と笑みがこぼれた。
冷えたシャンパンで乾杯をし、奏太は「後はごゆっくり」と帰っていった。
二人になると急に緊張して言葉が出なくなった。少しの沈黙の後凌が言った。
「急だと思ってるかも知れないけど、俺は吉田さんと美波が繋がってると知って本当に嬉しかったよ。美波もそうだと言ってたけど下手したら一生会えないと思ってたし。
あ、そうそう、これを渡さなきゃ」
凌はバックから小さな包みを出した。
少し古ぼけた包装紙。
開けてみるとそれはガラスで出来た2匹のイルカだった。
「凜のお土産だよ」
「……!!! 凜、お土産買っててくれたの?」
「うん、真っ先に買ってたよ。同じ物を凜も買ったんだ。もし大人になって離ればなれになってもこれを見たらいつも一緒にいられる気がするからって。凜のイルカは俺が持ってるんだ」
美波は人目も憚らず泣いた。
凌は隣に来て肩を抱いてくれた。
「凌ちゃん、沖縄に行こう。凜にお礼言わなきゃ」
「行こう。あと、凜に報告もしなきゃね」
店を出てまだ賑やかな夜の街を手を繋いで歩いた。少し湿った空気が暖かい風を運んでくる。もうすぐ夏だ。
2ヶ月後、美波と凌は沖縄にいた。
市内から離れた静かな田舎町に凜は眠っていた。サトウキビ畑に囲まれた、海の見える素敵な場所だった。
向日葵の花を供え凛と沢山話をした。
稲嶺の家にも行った。稲嶺のおじさんは大きくなったなぁ。あの頃はまだこんなに小さかったのになぁ。綺麗になって…ととても喜んでくれた。
きっと美波に凜の影を見たのだろう。
親戚も集まり賑やかな宴が始まる。
こんな楽しい時間をくれた凌に感謝した。
また遊びに来ますと挨拶をして家を後にした。
二人はその足でボルネオに向かった。
あの時の凌の旅行。まだわからないと言ったのは美波に一緒に行って欲しかったから。
吉田に話すと少し早い夏休みをくれたのだ。
「海外研修も兼ねてるからな、色々と勉強して来い」と吉田は言った。
そして、バリでは3日間だけだが、奏太とケリーも合流出来る事になった。
「海外は大学の卒業旅行以来なの」
「そうなのか。旅行代理店で働いてる癖に?」
「こう言う時の為に取って置いたの!」
「それは光栄な事で」
那覇空港から飛び立つと窓の外に虹が見えた。
「凌ちゃん、虹が見える!」
「ホントだ。虹の橋知ってる?きっと凜が俺たちの事待ってるよ。今は見守ってくれてるんだ。どのくらい先かわからないけど、一緒に虹の橋で凜に会おう」
「そうだね。奏太とケリーも一緒ならもっと楽しいね」
「男3人に囲まれた美波を見たら凜が驚くよ」
「そうだね!」
この先の長い未来を考えると美波は自然と笑顔になった。
飛行機は虹をくぐり雲の中へ消えていった。
<完>