Sanpouji Storyteller

交錯する都会の中で織りなす5人の男女の物語

眼鏡とベストとギンガムチェック(18)-羽の章Ⅳ【終】

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 秀幸にとって昨夜の「スイセイ」での出来事は、帝都大学駅伝部の同期メンバーの辰次郎、伸一、拓馬との劇的な再会に驚愕させられ、彼らの平成の30年間の生き様を知り、さらに失くしたと思っていた夏雄からの白い封筒が手元に戻って安心したのも束の間、4人が同じ白い封筒を持っていたことに再び驚かされた。

 こうして様々な感情が数時間のうちに体感し、秀幸は激しいめまいと頭痛に悩まされた。また飲めない酒を飲んだことも加勢して、心身ともに疲れ果てたようで、いつになくぐっすりと眠ることができた。

 平成31年2月の最後の日曜の朝、秀幸は深い眠りから目が覚めた。

 

 「おはよう…昨夜はゆっくり眠れたようね…」と妻の櫻子が目をこすりながら冷蔵庫を開けて、ペットボトルの水をコップに入れている秀幸に声をかけた。

 

 「いつもの悪夢は一切見なかった。久しぶりによく寝た感があるよ…」と秀幸は水を飲み干した。

 

 朝食を済ませ、秀幸夫婦はお互いに他愛もない会話と薄めのコーヒーを飲みながらくつろいでいた。

 

 「堀越君からの封筒、開けないの?」と櫻子が突然言い出した。

 

 「んん…、開けてみるか…」と秀幸は渋々と引き出しからペーパーナイフを取り出し、夏雄からの白い封筒の封をゆっくりと丁寧に切り始めた。

 

 中から上質な紙にワープロの文字で書かれた便箋が3つ折りにされて入っていた。秀幸はテーブルの上で折り目を伸ばして広げた。櫻子が自分も内容を知りたいと言うので、秀幸は声を出して読み始めた。

 

 

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 平成31年1月吉日

 

 第65回(昭和64年)東京箱根間往復大学駅伝競走

 帝都大学駅伝部関係各位

 

 明けましておめでとうございます。

 本年もよろしくお願い致します。

 本年の正月に開催されました第95回箱根駅伝大会では、我が校 帝都大学駅伝部は初の総合優勝を成し遂げました。これは関係各位のご声援の賜物と駅伝部監督として深く感謝申し上げます。

 今後とも駅伝部はさらなる向上心と練習に励み、様々な大会にて皆様方のご期待に添えるような結果を出していきたいと思っております。引き続きのご声援とご協力をひとえにお願い申し上げます。

 さて、本書状にて皆様方にお伝えしたいもう1つのメッセージがあります。

    30年前、私は本校駅伝部の現役選手でした。当時の部員は箱根駅伝大会への出場を目標に血のにじむような練習を重ね、ついに予選会で念願の箱根駅伝大会の出場権を獲得し、昭和64年開催の第65回箱根駅伝大会への初出場を果たしました。

 しかし、思わぬアクシデントにより、初出場、初の総合優勝は叶わず、昭和の終わりとともに、我々4年生の大学駅伝選手生命も終わりを迎えました。

 と当時に平成の御代が始まり、あれから早いもので30年の年月が経ち、今やその平成も今年の4月30日で終わります。

 当時の4年生は平成元年3月に大学を卒業し、この平成の30年間、様々な人生を送ってきました。またそれは決して平たんなものではなかったことでしょう。自分の過去の悔いや悲しみを今でも一人で背負って、生き抜いている人もいるかと思います。

 そこで、平成が終わるこの節目に、昭和最後の大会となった第65回箱根駅伝大会に出場した駅伝メンバーやその関係者が苦楽を共にした我が校の総合運動場に30年ぶりに集結して、再会を喜び、近況を語ったたり、懐かしい昔話で盛り上がりたいと思います。

 また、同時に今年総合優勝を成し遂げた現役選手も同席しますので、皆様方で彼らの栄誉を称え、祝っていただければ幸いと思います。

 昭和最後の駅伝メンバーと平成最後の駅伝メンバーが一堂に集まり、新しい御代の幕開けを迎えたいと思います。

 ふるってご参加いただくことを切にお祈り申し上げます。

 皆様方と当日会えることを心から楽しみにしております。

 なお、誠に勝手ながら準備の都合上、出欠席のご返事は、3月20日までに同封のハガキにてご返信ください。

 

 開催日時:平成31年4月30日(火・休日)正午~

 集合場所:帝都大学 総合運動場 レストハウス【ビクトリア】

 

 帝都大学 駅伝部

 監督 堀越 夏雄

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 秀幸は読み終えた。夏雄からのこの手紙は、自分達が出場した第65回箱根駅伝大会時の駅伝メンバーとその関係者宛に送っている文面だが、秀幸には夏雄が自分のための励ましの会ではないかと感じた。平成の終わりを機に、「これまでの悲しみや背負ってきた重い荷物をこの会で降ろそうよ…」と優しく呼び掛けているような気がした。

 

 もしや、昨夜のスイセイでの出来事は、このイベントの伏線ではないか?…。だとするとこれは夏雄だけではなく、辰次郎、伸一、拓馬もグルになって、自分を快く出席させるための企みではないのか…?とも感じてきた。

 もしそうであるならば、「なんて粋な計らいではないか…。なんと素晴らしい友情愛ではないか…」と秀幸は目頭が熱くなってきた。

 その気持ちを素直に櫻子に話してみると…、

 

 「私も最初にこれを読んだ時にそう思ったわ…。ましてや、昨日のスイセイの話を聞いて確信したわ。昨日の4人の再会は劇的過ぎるもの…。きっと、堀越君がたっちゃんに「どうすれば、秀が快く出席できるだろうか?」と相談したのよ。それが昨日の出来事になったのよ。たっちゃんの凝りに凝った演出ね…。でもこの30年間、堀越君をはじめ、みんながあなたの事を心配していたのよ…。そしてあなたに会いたかったのよ…」と櫻子は語った。

 

 「やっぱりな…。これは夏雄や辰達の優しさだ…。あいつららしいなあ…。でも夏雄の言う通り、平成の問題は平成の内に片付けてしまい、新しい時代を迎えたいよな。俺、この会に参加するよ…」と秀幸は決心をした。

 

 「ヒュー、ヒュー、熱いぞ、男の友情!…」と冷やかしながらも、櫻子は心の中で秀幸が参加を決意してくれたことに安堵した。

 

 「ん?ちょっと待って、今君「最初に読んだ時…」って言わなかった?何「最初」って?」と秀幸は急に我に返って櫻子に訊いた。

 

 「実は私にも堀越君から同じ手紙が届いているのよ…。その時に読んだのが最初で、今日あなたが読んで聞かせてくれたので2回目ってこと…」

 

 「ええ…君にも届いていたの?なんでもっと早く言わないの?!」と秀幸はあきれ顔で言った。

 

 「私だって関係者の一人よ…。当時の帝都大学駅伝部の女子マネージャーだもん…。でもあなた宛てのものと、私宛てのものの内容が同じかどうかも分からないし、そもそも、あなたがこの封筒をどこかに落とすなんて想定外だったわよ…。「失くした」って聞いた時にはびっくりしたわ。「私も堀越君から手紙が届いているの…」ってあなたに言うタイミングを完全に逸してしまったわよ…」とやや逆ギレ気味の櫻子に起伏が激しい女性だな…と秀幸は思った。

 

 「まさか、君までグルでは?…」と秀幸は櫻子の顔を覗き込むように聞いた。

 

 「……、さあ、お洗濯、お洗濯と…。洗濯するものがあったら洗濯機に入れておいてね…」と答えをはぐらして、その場を離れて行った。

 

 「櫻子もこりゃグルだな…」と疑ったが、秀幸はこれ以上問い詰めることを辞めた。これも櫻子の優しさかもしれないと感じたからだ。

 

 「4月30日は私も一緒に行くからね…。久しぶりにみんなに会いたいもん…」と姿は見えないものの、遠くから聞こえる櫻子の無邪気な声がどことなく可愛らしく、憎めなかった。

 

 秀幸は夏雄からの手紙をまた元の通り丁寧に3つ折りにして封筒にしまった。

 そんな時に秀幸のスマホに辰次郎から駅伝メンバー全員宛のメールが一斉送信されて来た。

 

 『30年前に箱根駅伝出場祝いで伸一の親父さんからもらったベストを今でも持っている人は、4月30日のイベントの際に持参もしくは着用のこと! 辰次郎』とのメッセージだった。

 

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 4月1日に政府から新元号「令和」が発表されてから1か月が経った平成31年4月30日の朝を迎えた。平成が今日で終わる日でもある。

 

 秀幸はここ数日間、今日のイベントのことと、いよいよ平成が終わるとマスコミ等が騒ぎ立てることもあり、何となく気持ちが落ち着かずにそわそわしていた。

 

 「あ…今日という日を迎えてしまった…。なんだか落ち着かないよ…」と秀幸が櫻子に言った。

 

 「大丈夫よ…。きっと、みんな、あなたを温かく迎え入れてくれるわよ…」と櫻子が言うと、今日着て行く洋服を探しに2階へと上がって行った。

 

 「あっ!」と2階のクローゼットから櫻子の叫び声が聞こえたので、慌てて秀幸は駆けつけると、

 

 「ねえ、これ見て!ベストのボタンがしまったわ!私、大学時代と体形が変わってないってことね…」と櫻子も辰次郎からの一斉メールを読んだようだ。自慢げにその姿を見せつけられた秀幸は「やれやれ…」とつぶやきながら1階に下りて行った。

 

 玄関を出ると初夏を感じるほどのさわやかな晴天の日だった。

 秀幸と櫻子は辰次郎から指示のあったベストを着て、一緒に母校の総合運動場へ向かった。

 最寄りの駅で降りて、拓馬・朋子夫婦が営んでいる『スイセイ』の前を通りかかると、入口には【都合により本日臨時休業】と紙が貼られていた。夜の宴会はこの店でやることになっていた。

 

 2人は総合運動場の正門に着いた。秀幸にとっては30年ぶりの総合運動場だった。運動が盛んな帝都大学は、あらゆる運動施設がここ総合運動場に完備されていた。

 正門を抜けると、直進100メートルの通路沿いに等間隔に植えてあるソメイヨシノの並木道がある。すでに花は散っていたが、青々とした新緑の葉が春の日差しによって照り付けられていた。

 

 桜並木を通り過ぎると正面に陸上競技場が見えてきた。公式競技ができるほどの立派な施設であった。

 

 「ほら見て!陸上競技場よ…。懐かしいわね…。なんか私達の『ザ・青春!』って場所よね…」と櫻子がしみじみと言った。

 

 秀幸も自分たち駅伝メンバーが箱根駅伝大会への本選出場、さらには総合優勝を目指して、死に物狂いで練習した陸上競技場を目の前に懐かしさを感じていた。

 陸上競技場を過ぎで、左右に様々なスポーツ施設を見ながら通り過ぎると、小高い丘の上に選手ならびに関係者専用のレストランと宿泊施設を兼ねたレストハウス【ビクトリア】が見えてきた。

 

 「さあ、急ぎましょう!」と櫻子が秀幸の手を引っ張りながら小走りに走った。

 

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 2人はレストハウス【ビクトリア】の1階入口に到着した。入口には夏雄がおそろいのベストを着て参加者を出迎えていた。秀幸夫婦を見つけると夏雄の方から歩み寄って来て、

 

 「秀…久しぶりだな…。今日はよく来てくれた。感謝するよ。」と夏雄と秀幸はがっつり握手をした。

 

 「こちらこそ、今日はご招待に預かり感激だが、俺みたいな者がここへ来ていいのか迷ったよ…」と戸惑いながらの秀幸に、

 

 「何を言う!秀の元気な姿を30年ぶりに見られて、俺は率直にうれしいよ…。さくちゃんも久しぶりだね…。元気そうで何よりだ。」と夏雄は満面の笑みを浮かべた。

 

 「堀越君は年をとってもイケメンね…」と普段、秀幸には見せない愛らしい眼で櫻子は夏雄を見つめていた。

 

 「そこに受付があるから、記帳してから中に入って…。もう同期の何人かが中にいるから…」と夏雄が受付の方を指さして2人を誘導した。

 

 受付で記帳と会費を支払うと、駅伝部の現役女子マネージャー達が秀幸夫婦に黄色のリボンを胸に付けてくれた。2人は食堂の中へと入って行った。

 

 高い吹き抜けの天井がより食堂の全体の広さを強調する構造は昔と変わっていなかった。1階は500席もある食堂になっている。大きな全面張りのガラスからは、眼下に陸上競技場の全貌を眺めることができ、まぶしい太陽の日差しが食堂内に降り注いでいた。

 

 「お…秀、こっち、こっち…」と伸一が呼ぶ声が聞こえた。

 

 秀幸夫婦は手招きする伸一を見つけ、そちらのテーブルへと足を進めた。テーブルにはすでに伸一と拓馬、そして拓馬の妻、朋子が座っていた。

 

 「伸一と拓馬、そして朋ちゃんは2月末のスイセイでの再会以来だな…」と秀幸は笑顔で言った。

 

 「あ…櫻子、久しぶり!」、「あ…朋子…」と2人は周りをはばからずハグをし合った。朋子は櫻子の同期で、共に駅伝部女子マネージャーでもあり、学生時代は『乗り鉄女子』仲間だった。

 

 「ね…櫻子見てよ…。私、30年前のベストが今でも着れるのよ…」と朋子が自慢げに櫻子に見せつけるので、

 

 「私だって…」と櫻子が着ていたジャケットをばっと脱いで、2人は周りの男どもに見せつけた。

 

 「朝からこれなんだよ…」と拓馬が秀幸の耳元で小さな声で言うと、

 

 「うちもだよ…」と秀幸も小声で返した。

 

 「秀幸夫婦も拓馬夫婦もうちの親父が誤発注したベストを着て参加してくれたんだね…」と伸一が嬉しそうに言った。

 

 「辰からの指令じゃあ、しょうがないだろうよ…」と拓馬が言った。

 

 「そう言えば、辰の姿が見えないけど…」と秀幸は周りを見回した。

 

 「辰は今日は総合プロデューサー 兼 司会だそうだ。早くに来て夏雄と打合せをしていたな…。たぶん裏方で忙しいと思うよ…」と伸一が説明してくれた。

 

 会場の準備が整い、招待客はほぼ全員揃った。秀幸は他の駅伝メンバーとも久しぶりの再会を喜び合っていた。

 

 「大変お待たせ致しました。定刻となりましたので、会を挙行します!」と辰次郎が司会席から高らに開会宣言をした。

 

 「おい!司会者!ベストのボタンを閉めろ!」と拓馬が辰次郎に大きな声で野次を入れた。

 

 「そこの中華料理屋のおっさん!黙ってろ!しょうがないでしょ…!メダボでベストのボタンが閉まらないんだからさあ…」と辰次郎が拓馬に言うと、会場からどっと笑いが起きた。そのせいで会場内の緊張感がほどけた。

 

 「さて、冗談はさておき、今日の会の趣旨を簡単に説明します。堀越監督からの手紙にも書いてありましたように、今日は2つの意味がある会です。

 1つは平成最後となった今年の第95回箱根駅伝大会で見事、我が帝都大学駅伝部、ここでは『平成組』と称します。胸に赤いリボンをしているのが平成組ですが、この平成組が今大会で初の総合優勝を成し遂げたお祝いと、2つ目は昭和最後となった昭和64年の第65回箱根駅伝大会に出場したランナーならびに関係者、ここでは『昭和組』と称します。胸に黄色いリボンをしているのが昭和組ですが、この昭和組は30年ぶりの再会を喜び、またこれまでの30年間の人生を振り返り、両方の組が新元号時代にもさらなる健勝と活躍、ご多幸を祈る会です。

 どうぞ、時間の許す限りお楽しみいただければ幸いです。あっ!申し遅れましたが私、昭和組で復路第9区を走りました波野 辰次郎と申します。本日の総合プロデューサーと司会を兼務いたします。どうぞよろしくお願い致します。」と挨拶をすると拍手が起こった。

 

 「では、本日の主催者であり、我が帝都大学駅伝部の現監督であります堀越 夏雄より皆様にご挨拶申し上げます。堀越監督、ご登壇ください。」舞台袖で控えていた夏雄がつかつかと歩き出し、中央に置いてあるスタンドマイクの前に立った。

 

 「帝都大学駅伝部の監督を仰せつかっております堀越です。本日はお忙しい中をかくも大勢の方にお集まりいただき、感謝申し上げます。只今司会者の辰、この場で辰呼ばわりはまずいな…波野君が私の言いたいことの90%を言ってしまったので、何を話そうか困っております。昭和組、平成組とは年齢差が30近くありますが、同じ大学の駅伝部員同士です。平成最後の日を楽しいひと時でお過ごしいただければ幸いです。」と夏雄が言うと再び拍手が起こった。

 

 「続きまして、乾杯をしたいと思います。乾杯の音頭を昭和組の当時の駅伝部監督で、しごきの鬼監督こと藤間監督にお願いしたいと思います。では藤間監督、どうぞご登壇ください。」80歳になる藤間は杖を突きながら、ステージにゆっくりと上がって来た。

 

 「堀越君、今日はお招きありがとう!そして平成組の皆さん、総合優勝おめでとうございます!テレビを見ながら応援していたよ。自分の事のように嬉しかった。堀越、君は大手一流商社を辞め、帝都大学駅伝部の監督に就任して、よく短期間でここまで選手を育て上げた。君は選手としても、監督しとても立派だ!素晴らしい!」と言うと、藤間は辰次郎の方を向いて、

 

 「おい、波野!お前は相変わらずだな…」とがっかりした表情をすると、場内が笑いの渦となった。

 

 「そして、昭和組の諸君!元気な姿で会えて嬉しいよ。今なら間違えなく社会問題になるであろう俺の地獄の特訓によく耐えた。結果は残念だったが予選から勝ち上がって本選大会に出場できてよかった。嬉しく、そして誇りに思うよ…。

 特に寺嶋、ゴール直前で倒れた時はびっくりした。ずっと君を心配していたぞ。でも櫻子が君の奥さんになって、節目節目に寺嶋の状況を手紙で知らせてくれた。寺嶋が少しずつ快復しているとの連絡に安心していた。

 今日は勇気を出してよく参加してくれた。ありがとう、秀。そして櫻子、よく寺嶋の面倒を見たな…。内助の功だぞ…」と藤間が涙ぐんで言葉を詰まらせた。秀幸夫婦はその場で立ち上がり、ステージの藤間に照れくさそうに深く頭を下げた。

 

 「さあ、気を取り直して景気良く、乾杯をしよう!準備はできたか?全員起立!それでは見事、今年の箱根駅伝大会で総合優勝を果たした平成組と、昭和組の久しぶりの再会と、そして明日からの新しい御代を迎えることを祝し、盃を高らかに上げたいと思う。ご唱和願います。カンパ~イ!」の発声後に会場内全員からも「カンパ~イ!」との声が会場に響き渡り、会場は拍手喝采となった。

 

 「藤間監督、ありがとうございます。それでは、しばらくの間、歓談タイムとします。食事もドリンクもふんだんにありますので、どうぞ好きなだけお召し上がりください。」と辰次郎が言った。

 

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 昭和組と平成組が交じり合って、会場内はにぎやかな雰囲気となった。ある程度の時間が経過すると辰次郎が司会席に再登場した。

 

 「それでは、ここで平成組と昭和組の各駅伝出場メンバーを紹介します。まずは平成組から参りましょう。紹介役は堀越監督からお願いします。」

 

 「はい。まず今年の第95回箱根駅伝大会で総合優勝を成し遂げた平成組を紹介します。」と夏雄が言うと、出場メンバー10人は優勝メダルを首に掛けてステージに上がって来た。夏雄が1区から10区までの出場メンバーを紹介した。

 

 「彼らが、私が現役時代に成し遂げられなかった夢を実現してくれた誇り高きメンバーです。どうぞ彼らを称えていただきたく思います。」と夏雄が言うと、「おめでとう!」との声と共に、割れんばかりの拍手が会場に響いた。

 

 司会の辰次郎は10人の選手にユーモアを交えた質問を投げかけると、困惑しながらも応答する選手達の姿を見て、会場内は笑いが絶えなかった。

 

 「平成組の皆さん、ありがとうございました。どうぞ自席にお戻りください。では、次に昭和組の出場メンバーを紹介します。紹介役は再び藤間監督にお願いします。」と辰次郎が言った。

 

 「よし!じゃあ、昭和64年の第65回箱根駅伝大会の出場メンバー達よ!1区から順に名前を呼ぶからステージに上がって来い!1区 守田 伸一、2区 片岡 義人、3区 長谷川 拓馬、4区 林 宏太郎、5区 堀越 夏雄、6区 坂東 輝彦、7区 小川 光晴、8区 中村 裕也、9区 波野 辰次郎、10区 寺嶋 秀幸、以上10名」と藤間が大きな声で呼びかけ、おそろいのベストを着た昭和組が順々にステージに上がった。

 

 「見ての通り、10区間10人の名前を呼びましたが、実際は9名しかステージに上がっておりません。上がっていないのは8区の中村 裕也です。この件は堀越、君から説明してもらおうか…」と藤間はマイクを夏雄に渡した。

 

 秀幸は同期の裕也の姿を見かけていなかったことを最初から気になっていた。

 

 「おい、辰…。裕也はどうしたんだ?」と隣に立っている辰次郎の耳元で聞いたが、辰次郎は、

 

 「今から夏雄が説明するからそれを聞け…」と辰次郎はいつになく神妙な顔をしていた。

 

 「はい。それでは私から説明します…」とマイクを受け取った夏雄はさっきまでの明るさが消え、一転緊張感が漂う顔つきに変わった。

 

 「幸二、例の物を持ってステージに上がって来てくれ…」と平成組のテーブルに座っていた幸二は秀幸達と同じベストを着て、ステージに上がって来た。それと同時に昭和組がステージを降りて自席に戻って行った。

 

 「彼は中村 幸二と言います。先ほど彼を今回の箱根駅伝大会に出場したメンバーとして紹介しましたが、実は彼の父親は我々と同期の昭和組で8区を走った中村 裕也なんです。」と夏雄は幸二の肩に手をまわした。

 

 会場からはどよめきが起こった。特に秀幸にとっては驚愕の思いがした。続けざまに夏雄は語った。

 

 「今日、裕也が現れない理由を今から申し上げます。

 私は平成元年3月に大学を卒業し、商社に就職しました。一方、裕也も同年に卒業して、もともと彼は大阪生まれの大阪育ちだったので、地元の大阪に就職しました。その後、同じ職場の女性と結婚をして、すぐにこの幸二が生まれました。幸二が生まれてからは、裕也家族は伊丹市に住居を構えました。

 私が平成12年4月に関西支店への転勤辞令があり、家族と共に大阪に引っ越して来て以来、私と裕也とは家族ぐるみの付き合いをするようになりました。

 しかし、突如として裕也家族に悲劇が起こりました。それは平成17年4月25日に起こったJR福知山線脱線事故です。

 午前9時過ぎの事、遅延していた電車はそれをカバーしようとスピードオーバーで走行し、カーブで曲がり切れずに先頭の1両目は線路脇のマンションの1階駐車場へ突入。2両目はマンション外壁へ横から激突しさらに脱線逸脱してきた3 - 4両目に挟まれて圧壊。外壁にへばりつく様な状態で、1 - 2両目は原形をとどめない程に大破しました。

 裕也は朝の出勤のために伊丹駅からその電車の先頭車両に乗っていたため、ほぼ即死状態で発見されました。

 幸二は当時7歳…。突然の事故で父親を亡くして、途方に暮れていた母子を私は放っておけず、可能な限りバックアップしました。

 幸二は父親の裕也が箱根駅伝選手だったことを誇りに思っていて、大阪の公立高校の陸上部では長距離ランナーとして活躍し、その後は帝都大学にスポーツ推薦で入学し、父親と同じ駅伝部に入部しました。

 幸二が帝都大学に入学した後に、ひょんなきっかけで私に本校の駅伝部監督就任の話が舞い込んで来ました。何回か要請があったのですが仕事の都合で当初は断りました。しかし第2の人生を幸二や若き選手達と共に裕也と自分が果たせなかった箱根駅伝大会総合優勝を目指すのも悪くないな…と思い、商社を辞めて駅伝部の監督を引き受けることにしました。

 幸二は日夜練習に励み、今年父親と同じ8区を走り、区間新記録を出し、帝都大学駅伝部の初の総合優勝に大きく貢献したんです。」と夏雄が幸二の栄誉を称えるように力強く語った。

 

 「当時裕也は30代…。まだ7歳の幸二を残して、さぞ無念だったと思います。」と夏雄は涙をこらえて言った。

 

 幸二も涙をこらえているのが参加者にも分かり、会場からはすすり泣きの声が聞こえてきた。

 

 秀幸は駅伝部で一緒に汗を流し、箱根駅伝大会で共に走った仲間の裕也が非業の死を遂げたことは全く知らなかっただけに深いショックを受けていた。

 

 「秀、ステージに上がって来てくれるか…」と夏雄からの急な声がけに、秀幸はすぐには反応できなかった。隣に座っていた櫻子が「堀越君が呼んでいるわよ…」との言葉に我に返った。「なぜ、俺がステージに?…」と不思議な気持ちでステージに上がった。

 

 「秀、俺の横に立ってくれ…」と夏雄に言われて、秀幸、真ん中に夏雄、その隣に幸二が並んで立った。

 

 「亡くなった裕也が長年、秀に渡したいと思っていた物がある。それを今日、幸二から秀に渡すよ…」と夏雄が言うと、幸二が手に持っていた白い封筒を秀幸に渡した。

 

 「ん?何…?」と秀幸が封筒を見ると、宛名には「寺嶋 秀幸 殿」、裏には小さい文字で「昭和64年1月3日 箱根駅伝大会」と手書きで書かれていた。

 

 「また白い封筒か…?」と困惑した表情の秀幸であったが、夏雄から送られて来た封筒とは明らかに別物と分かった。相当の年月が経過したことがうかがえる赤茶色のシミがところどころにある封筒だった。何やら厚ぼったい物体が中に入っている感触がした。

 

 「中身を出していいの…?」と秀幸は幸二に断りを入れてから、封筒をさかさまにすると秀幸の手のひらにレンズの割れた眼鏡がすべり出てきた。

 

 「秀、これに見覚えあるだろ?」と夏雄が秀幸に聞いた。

 

 「これは確か…」と秀幸はまじまじと見た。すると夏雄が、

 

 「秀は目が悪く、でもコンタクトレンズが嫌で、眼鏡を掛けてレースに出ていたよな…。昭和64年の箱根駅伝大会でもこの眼鏡をかけて出場したが、秀がゴール直前で倒れたはずみで眼鏡が外れて道路に落ちてレンズが割れてしまったようだ。秀はそのまま救急車に乗せられて行ってしまい、この眼鏡が現場に残されていたんだ。

 裕也と私はそれに気づき、裕也が眼鏡を拾い上げると私に、「後で俺が病院に持って行くよ…」と言って、裕也は眼鏡を自分の首に巻いていた帝都大学駅伝部のオリジナルタオルにくるんだんだ。

 しかし、裕也は翌日、秀が入院している帝都大学病院に行くも、秀が意識不明の重体だったので渡すことはできず、しばらく秀の快復を待ったんだ。数日後に秀の意識が戻ったものの、秀は自責の念で駅伝関係者に会うことを拒んだことや、裕也自身が4月から大阪での就職もあり、秀に眼鏡を返すことができないまま、時が経過してしまった。

 ところが、裕也が鉄道事故で亡くなってしまった。私は裕也の奥さんと一緒に遺品整理をしていたら、タンスからは我々が今日着ているおそろいのこのベストや、机の引き出しからはこの白い封筒が出てきたんだ。封筒の中を見たらこのレンズの割れた眼鏡が入っていた。

 奥さんにその場で確認したら、封筒の字は確かに裕也の字だが、そもそも裕也は眼鏡を掛けていなかったと言う。しかし私は割れたレンズを見て思い出した。この眼鏡はあの時、秀が掛けていた眼鏡だと…。その時はいったん私がこの眼鏡を預かることにした。今日、このイベントに秀も幸二も参加すると分かったので、今日この眼鏡を返す絶好のチャンスと思った。そしてもともと裕也が拾って秀に返すと言ったので、今は亡き裕也に代わって息子の幸二から秀に返すよ…」

 

 「あの時の俺の眼鏡…」と秀幸がレンズの割れた眼鏡を軽く握りしめて、頬に優しく擦り付けた。裕也の優しさ、そして夏雄の粋な計らいに秀幸は目頭が熱くなった。

 

 「幸二君、夏雄、そして天国にいる裕也…ありがとう、ありがとう…」と秀幸はその場に泣き崩れた。

 

 それを司会席からもらい泣きしていた辰次郎が秀幸のそばに近寄って、秀幸の腕を自分の肩に回し、立ち上がるように促した。

 

 「なあ…秀、みんな共に箱根駅伝大会を目指し、苦しい練習に耐えてきた仲間じゃないか…。苦しさ、悲しさは秀だけじゃないんだ。この平成の30年間、みんなそれぞれの人生があったんだ。でも、そういう感情はこの平成のうちに清算して、次の新しい時代を明るく、楽しく、幸せにするのが今日の趣旨だ。分かるだろ?」と、辰次郎は秀幸を支えるよう秀幸の席まで一緒に歩きながら、いつになく辰次郎が優しい口調で語った。秀幸は涙が止まらなかった。辰次郎は司会席に戻ると厳しい表情に一変して、

 

 「おい!これからみんなで陸上競技場に行って走るぞ!。昭和組はまだ昭和64年の箱根駅伝大会のゴールを果たしていないんだよ。つまり今日に至るまで30年間レース続行中なんだよ。だからタイムアップの平成最後の今日4月30日までにゴールしないと失格になっちゃうんだよ。だから今日、ゴールをするんだ!まずは平成組も昭和組も全員、陸上競技場に集合だ!」とマイクを通じて号令をかけた。

 

 参加者が全員「おー!」と賛同の掛け声とともに、会場を後にして陸上競技場へと向かった。

 

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 全員が陸上競技場の青々とした芝生のフィールド内に立った。辰次郎がメガホンを持つと、

 

  「平成組と昭和組に分かれて、この400メートルトラックで駅伝をする。1人100メートルを走る。順番は箱根駅伝大会と同じ順番だ。ただし、幸二は裕也の代走として昭和組の8区を走るように!平成組の8区は補欠の誰か…幸二の代わりに走ってくれ!

  現役女子マネージャー諸君!駅伝部の部室から我が校のギンガムチェックの襷2本とスターターピストルとゴールテープを持って来てくれ!

 1区はその襷を肩から掛けろ!各人スタート地点に着け! さくちゃんと朋ちゃんはゴールテープを持って、ゴール地点で待機して!ほかの人たちは全員応援!藤間監督!すいませんがスターターをお願いします!」と次から次へと辰次郎の号令が陸上競技場に響いた。

 

 両組のランナーは蜘蛛の子を散らすように各スタート地点に走って向かった。

 

 「みんな、準備は出来たか?」

 

 「おー!」

 

 「じゃあ、藤間監督、スタートをお願いします!」

 

 藤間は踏み台に上がり、スターターピストルを持つ右手を高く上げると、「位置について、用意…」と一瞬の間があった後に「パ~ン」と乾いた火薬音が鳴り響いた。と同時に両組の1区がスタートをした。

 

 さすがに平成組は現役選手だけあって、30歳の年の差のある昭和組との差がどんどん広がっていった。それでも昭和組は苦しいそうな顔をしながらも誰一人歩こうとせず、次の走者へと襷を繋いでいった。

 

 平成組の10区のランナーがゴールした時、昭和組はまだ8区の幸二にようやく襷が渡ったところだった。幸二はあっという間に100メートルを走り切り、9区の辰次郎へ襷を渡した。

 

 「波野先輩、その体形で大丈夫ですか?」と全く疲れた様子もない幸二が辰次郎を心配した。

 

 「余計なこと言うな!」と渡された襷で、辰次郎は軽く幸二の頭を叩いた。

 

 「メタボのおっさん!がんばれよ!」と走り終えた昭和組から檄が飛んだ。

 

 「うるせぇ!」と言いながらも50メートル地点で、もはや汗だくの辰次郎。今にも歩き出しそうな速度まで落ちた。

 

 「歩くんじゃねぇーぞ!歩いたら二次会のスイセイでの食事はお預けだからな…」と拓馬から声が掛かった。

 

 辰次郎は苦しいと見え、口を大きく開け、首と肩を大きく左右に揺らしながら必死で走っていた。もはや返す言葉も出ない状態だった。

 

 辰次郎が接近してきたので、秀幸はスタートラインに立った。今かけている眼鏡を外し、ベストのポケットからさっき幸二から受け取った割れたレンズの眼鏡を掛けた。

 

 「辰、あともう少しだ!がんばれ…」と秀幸は辰次郎に大声で叫んだ。

 

 辰次郎は肩にかけていた襷を外し、片手に握りしめて、秀幸が立っているスタートラインに崩れにように走り込んできた。

 

 「秀、後を託したぞ。必ずゴールのテープを切るんだ!そして、この30年間、秀が背負ってきた負の感情も同時に断ち切るんだぞ…。みんながゴールでお前を待っているからな…」と辰次郎は言葉ともならない声で秀幸に話しかけた。辰次郎は襷を秀幸に渡したとたん、その場でひっくり返って仰向けになってしまった。

 

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 秀幸は辰次郎が心配で後ろを向きながらしばらく走った。仲間数人が辰次郎を両脇から抱え起こすと、辰次郎はこちらに向かってニッコリと右の親指を立てた姿を見て安心をした。

 

 秀幸は襷を肩にかけて、結び目を脇腹辺りでギュッと締めた。「さあ、ゴールに向かって走るぞ!」と気合が入った。

 

 秀幸は30年前の箱根駅伝大会を思い出した。鶴見中継所で辰次郎から今日と同じギンガムチェックの母校の襷を受け取った時も、辰次郎は「秀、後を託したぞ…」と言われ、「任せとけ…」と言って鶴見中継所を後にしたことや、応援してくれる沿道の人たちが幟や旗を振りながら大きな声で声援する姿などの記憶が蘇ってきた。

 

 今まで意識的にこの30年間、箱根駅伝大会の思い出は封印してきた。しかしそれは今、走りながらむしろ楽しい思い出に変化していた。さらに心なしか走りが快調になり、ピッチが上がって来た。こんな気持ちは現役の箱根駅伝大会に出場するために、ひたむきに必死で練習していた時以来の感情であった。

 

 「今日はなんと素晴らしい一日なのか…」と秀幸は晴天の青空を見ながらそう思った。夏雄をはじめ、辰次郎らにより平成が終わるこの機に自分が抱えて来たこれまでの負の感情を断ち切れるように仕向けた今日に至るまでの様々な粋な計らいに対して、自分の周りにこんなにも自分のことを思ってくれる人がたくさんいたのかという嬉しさと、そのような優しい仲間がいるとも知らず、自分はこの30年間、自責の念で心を閉ざし、仲間たちを遠ざけていた自分が情けなく思えてきた。

 

 嬉しくて涙が止まらない。涙と割れたレンズで前がよく見えなかった。肩に掛けた襷が走るピッチに合わせて胸元ではねる。「このみんなのやさしさに報いるためにも、今日は絶対にゴールするぞ!」と誓うと走りのギアがトップに入った。

 

 コーナーを曲がると直線に入った。ゴールには平成組、昭和組が入り混じって、秀幸に声援を送っている。櫻子と朋子がゴールテープの両端を持って彼女たちも必死に秀幸を応援していた。

 

 あとゴールまで30メートルに迫って来た。鼓動が激しくなってきた。早くゴールしたいとはやる気持ちと、30年前の悪夢が再び起こるのではないかとの恐怖心と緊張感と様々な思いが胸に混み上がって来た。

 

 急に胸が苦しくなり、全身から汗が湧いてきた。足がもつれて、秀幸は転倒してしまった。

 ゴールにいた全員が「ああ…」と嘆き声がした。みんなが秀幸の周りに駆け寄って来た。

 

 「秀、大丈夫か?」と夏雄が秀幸の体に触ろうとすると、

 

 「俺の体に触れてはダメだ!棄権になってしまう…」と秀幸は苦しくも自力で立ち上がった。

 

 「大丈夫だ。必ずゴールする…」と秀幸は右手で襷を握りしめて再び走り始めた。

 

 みんなも秀幸に並走するようにゆっくりと走り始めた。「秀、秀…」と秀幸コールがだんだんと大きくなっていった。それに促されるように秀幸のピッチも上がってきた。

 

 「あともう少しだ…」と辰次郎が声をかけると、秀幸は「大丈夫だ…」と辰次郎にアイコンタクトをした。

 

 秀幸は妻の櫻子がゴールテープを片手で持ちながら、全身を使って応援してくれいる姿に向かって走った。

 

 そして秀幸はゴールテープを切った。と同時にその場にばったりとひざまずいてしまった。

 

 「秀、よくやった!」と夏雄は息が乱れて大きく揺れている秀幸の肩を抱き寄せた。

 

 「秀、頑張ったな…。これで吹っ切れたな?」と辰次郎も涙で顔をぐしゃぐしゃにして秀幸に抱きついた。

 

 「うんうん…」と秀幸は息が切れて言葉にならず、ただ泣きながら頷くだけだった。

 

 「秀ちゃん、良かったね…。本当に良かったね…」と櫻子も涙をぼろぼろ流しながら、秀幸の背中に頬を寄せた。秀幸はひざまずいたまま泣いた。昭和組の駅伝メンバーも共に泣いて喜んでいた。

 

 「ありがとう。みんなありがとう!頑張ったのは俺だけじゃない。みんな頑張ってこの平成の30年間を生きて来たんだ…」と秀幸は櫻子から差し出されたタオルで涙を拭きながら立ち上がった。

 

 「バンザイ!バンザイ!」と平成組から声が上がった。

 

 「ようし!胴上げをやろう!」と辰次郎が言った。

 

 「まずは堀越監督からだ…」と平成組が夏雄を胴上げし、3回宙に舞った。

 

 「次は藤間監督だ…」と言うと、藤間が「おい、おい、お前達80のジジイを殺す気か!」と杖を突きながらその場を離れた。

 

 「じゃあ、次は内助の功のさくちゃんだ…」と辰次郎が言うと、嫌がる櫻子を無理に胴上げした。キャー、キャーと叫び声を上げながら櫻子の体も3回宙を舞った。

 

 「次は今日のイベントの最大の功労者の俺だ…」と辰次郎が無理やりに円陣の中に入り込んできた。

 

 「やめろ!そんな体形をして上がるわけないだろう!」と拓馬と伸一が止めにかかったが、「いいか…落としたら承知しないからな!」と辰次郎が言うと、メタボの辰次郎をみんなで抱え上げた。

 

 「重い…」と言いながらも、「せ~の」と掛け声とともに1回上へ上がった。「もう一丁!」と辰次郎が言うと、また「せ~の」と少しだけ上がった。「もう一丁!」と3度目を試みるも上がらなかった。

 

 「もう、波野先輩は重すぎます。もう腕がパンパンです!」と平成組はヘトヘトになって、辰次郎を芝生の上に降ろした。

 

 「なんだ!若いくせにだらしない奴らだ!よし、最後は秀、お前で〆るぞ!」と昭和組も加わり、秀幸は大勢に囲まれてしまった。「俺はいいから…」と秀幸が嫌がるも担がれてしまった。

 

 「1回でいいよ…」と秀幸が言う間もなく、すでに体が高く宙を舞った。

 

 「もういいよ…止めてくれ!」と秀幸が叫ぶも、「まだまだ…」と辰次郎が煽ると、再び宙に舞った。

 

 「もう腕が限界です…」と平成組が言うも、「まだまだ…」と辰次郎が再び煽ると秀幸の体が高く舞い上がった瞬間、秀幸の体勢が崩れて、落ちてくる角度が変わってしまった。秀幸を受け取ろうとする受け手側のバランスも崩れてしまい、秀幸はドスンという鈍い音と共にそのまま地面に頭から叩きつけられた。

 

 「おい、秀、大丈夫か?!」という大勢の声が秀幸の耳にかすかに聞こえたが、秀幸はそのまま意識を失ってしまった。

 

 「おい!誰か、救急車を呼べ!…」数分後にサイレンと共に救急車が陸上競技場内に入って来た。

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 「起きて!大丈夫?…起きて!」

 

 女性の声で起こされた。秀幸は少し目を開けたが女性の顔が寝ぼけていてはっきり見えない。

 

 「大丈夫?…笑ったり、泣いたり、悲鳴を上げたり、ひどい寝言だったわよ…。あら、汗びっしょりじゃないの…」と女性が言った。

 

 「ここはどこ?」と秀幸は上半身を起こした。

 

 「しっかりして!」とその女性は秀幸の肩をポンと軽く叩いた。

 

 するとそのはずみで秀幸の意識が戻った。ハッとした秀幸はすかさず周りを見渡すと、

 

 「なんだ、夢か…」

 

 <終わり>

 


爆風スランプ Runner

 

 

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