Sanpouji Storyteller

交錯する都会の中で織りなす5人の男女の物語

眼鏡とベストとギンガムチェック(8)-水の章Ⅱ

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第8章

 

ボーディングブリッジに一歩足を踏み出すと、ほんのかすかに南国の匂いがした。

小さく深呼吸した。

なんだろう、この独特の匂い。

懐かしい様な落ち着く様な、微塵もネガティブな気持ちにならないこの感覚。

これは仕事だ。

顔に出してはならない。と言い聞かせるも美波は無意識に笑顔になっていた。

「そんなにニヤニヤするなよ」

奏太に言われてハッとする。

吉田は一歩前を歩いていたので気づかれていない。


空港は思っていたより立派だった。

「めんそーれ」と書かれた看板。

色鮮やかな写真が壁一杯に貼られている。

程なく荷物をピックアップして外へ出た。

低い建物、海風、熱帯植物、かりゆしを着たツアースタッフ達。

そして、どことなく漂うのんびりした空気感。


吉田は美波の事を気にかける様子もなくレンタカーの営業所までの迎えの車に乗り込

む。

普段より表情は優しい気がした。

眼鏡とベストはいつも通り。


どこにでもある青い小型のエコカー

外車だったらもっと盛り上がるのに。

なんて考えながら乗り込む。

奏太の運転で国際通りから程ないビジネスホテルへ。

味気ない。都心でよく見るホテルと同じ。

そうよね。


2日共に昼間はお得意先回り。

美波はこの仕事は好きだが営業が得意ではない。しかし小さい会社なので一通りこなさ

なければならない。

人見知りが激しく、上部だけの社交辞令なんて顔がひきつってしまって言えたもんじゃ

ない。

二人が羨ましい。

吉田はベテランだし、奏太も人懐っこいスマイルと親しみやすさは満点だ。

でも。今回の出張はそこにいるだけでいい。

男だけより女性がいた方がスムースに事が進むこともある。

ただそれだけの駒だ。

そんなニュアンスで吉田に言われたので笑顔で返事をした。

東京で食べる沖縄料理も好きだし、泡盛も好きだ。沖縄出身の友達がいて、彼の使う言

葉のイントネーションや方言も可愛くてたまらない。

だが単に初めての沖縄で浮かれているだけではない。

美波には『確かめたい事』があったのだ。

 

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奏太とビストロへランチに行った日、背が高くて何とも言えない柔らかい雰囲気を持っ

たウェイターさんに…あ、フレンチの場合はギャルソンだっけ?メートルなんとかだっ

け?と思っている間に窓際の席に案内された。

メニューを持つ手がとても綺麗で少し見とれた。

繊細な料理を味わいながら、美波は話していいものか悩んだが、このチャンスを逃せば

今度はいつ沖縄へ行けるか分からない。

行けたとしても奏太は居ないかも知れない。

「あのね、ちょっと聞いて欲しいんだけど」と切り出した。

「なんだよ改まって」

「あんまり、って言うかほとんど人に話したことないの。嘘じゃない。だから笑わないでよ、引かないでよ」

「なんだよ早く言え!ちゃんと聞くよ」

美波は短い時間でどうしたら上手く伝えられるか言葉を選びながら奏太に話した。

ランチタイムをフルに使ってしまった。

「それが本当なら…俺がいてもなにもできないんじゃない?俺はどうすればいい?」

少しの沈黙の後、そう言って奏太は真剣な眼差しで美波を見た。

「いてくれるだけでいい。そこでもしあたしに何かが起こったら助けて。
起こらないと思うけどね、いてくれればいいの。自分でも分からないから」

「分かった。
あっちでのスケジュール確認しとくよ」

「ありがとう。好きだよ奏太!」と笑った。

「は?バカか」奏太も笑った。

 

 

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初日の笑ってるだけの仕事を終え、夜の接待にも付き合い、泡盛をしこたま飲まされ、

沖縄の〆はこれだとステーキ店に連れていかれた。

深夜だと言うのに店は満卓で、お客さんは皆モリモリ肉を食べている不思議な光景。

信じられない程陽気でバイタリティーのある人々。羨ましい。

150gのサーロインをなんとか胃袋に押し込んだ。どっと睡魔に襲われた。


ホテルへ戻りシャワーを浴びると少し生き返った。

奏太は、終始上機嫌でステーキ店でも進められるままに飲んでつぶれた吉田を寝かした

後、オリオンビールを手に美波の部屋へやって来た。

「まだ飲む気!?」

「迎え酒だよ」

「迎えるにはまだ早いけど」

「まぁまぁ。明後日の昼から3時間だけ時間があるよ。
吉田さんは友人に会うからって空港で待ち合わせになった」

「分かった。場所はどこでも、近場でいい」

「了解」

美波は複雑な気持ちをビールで流し込んだ。

 

翌朝は若干の頭痛以外は元気だった。

吉田は案の定死にそうな顔をしている。

奏太の運転で、この日はマリンスポーツが盛んなリゾートエリアを目指した。

高速を降りると青い空とエメラルドグリーンの海が広がっていた。

正にスマホで検索した写真の風景。

海は好きだけど、時々説明の出来ない感覚に陥る事がある。


順調に業務をこなし、肩凝ったなと思いながら帰りはハンドルを握った。

夕食前に国際通りの派手な装飾の土産物店に入った。見た目に欲しいものは沢山あった

が何故か自分の物は買う気がしなかった。

代わりに同僚達に紅芋タルトとちんすこうを買い、夕食は近くの「沖縄料理」と大きく

書かれた看板の居酒屋へ3人で行った。

吉田はすっかり元気になり饒舌になっていたが、美波は明日の事を考え、時折上の空に

なりその度に奏太に助け船を出されていた。

お酒のせいか、気持ちの問題か、動悸がした。

珍しく小言とも言わず昨夜に続いて飲みすぎた様子の吉田は「後は若いもん同士でな」

と言い残しホテルへ戻った。

気が利くのか面倒臭いのかわからないが。

美波と奏太はあえてたわいもない話をした。


『確めたい事』と言っても、美波自信半信半疑だったし、どう確かめるのかもわからな

いままだ。それでも行かなければならない気がして胸の奥がざわついている。

上手くいけば、という言い方が正しいのかは分からないが、長い間、頭と胸の中にあっ

たグレーの靄が無くなるかも知れない。

1時間程でホテルへ戻り、すぐに眠りについた。

 


【フルver】君のうた/嵐(cover)